分野 人形 Japanese Doll

名称

裸嵯峨 這々・枕持童・犬

(はだかさが はいはい・まくらもちわらべ・いぬ)

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国
日本
時代
江戸時代(18世紀)
形質
木彫胡粉彩色
員数
3躯
法量
這々/長 5.5 cm、枕持童/高 3.3 cm、
犬/高 2.4 cm
解説
嵯峨人形のうち、幼い子供の裸形や着衣姿を作った小ぶりな人形を「裸嵯峨」という。赤子の穢れを背負わせた「這子」と形が似ているので、そういった古い人形の流れを汲むものと考えられている。実際の子供の体つきに近いプロポーションで作られているので、やはり子供の息災を願う思いと関係が深いのだろう。一説には、姿かたちが似ていることから御所人形の先駆ともいわれているが、定かではない。ここにあるように這い這いする赤子や犬など、モチーフは限られる。
名称

御所人形 太鼓・兜・玉手箱

(ごしょにんぎょう たいこ・かぶと・たまてばこ)

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国
日本
時代
江戸~明治時代(18~19世紀)
形質
木彫胡粉彩色
員数
3躯
法量
太鼓/高 8.5 cm、兜/高 11.5 cm、
玉手箱/高 10.0 cm
解説
可愛らしい男の子の裸の姿をした人形で、江戸時代から京都で作られた。大名が参勤交代の折、御所への贈り物の返礼として持ち帰ったことから「御所人形」「お土産人形」と呼ばれている。また、真っ白で大きな頭とふっくらした体形から「白肉」「頭大」などともいう。桐材を彫刻したり、桐のおが屑に糊を混ぜたもので形をつくり、その上に胡粉を塗って仕上げている。腹がけをしたり頭巾をかぶったり、手には玩具や玉手箱などおめでたいものを持っていることが多い。なによりその無心な表情と仕草で、日本の古人形のうちでも人気が高い。
名称

嵯峨人形「嫁入り」

(さがにんぎょう「よめいり」)

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国
日本
時代
江戸時代(18~19世紀)
形質
木彫胡粉彩色
員数
1揃
法量
嫁/高 5.0 cm
解説
ほんの小さな人形だが、それぞれ木彫の上に胡粉を盛り上げて文様を作り、彩色している。こうした彩色法は仏像彫刻の技法で、仏師が余技として作製したのが始まりと伝えられている。大きなものは高さが25cmくらいの唐子が首を振るからくり人形などもあるが、この嵯峨人形「嫁入り」は極めて小さく、しかも花嫁行列につきそう女房たちの表情や仕草が豊かで、繊細な出来上がりである。
名称

三春人形

(みはるにんぎょう)

画像
国
日本
時代
江戸~明治時代(18~19世紀)
形質
張子
員数
19躯
法量
高 10.0 cm ~ 24.4 cm
解説
福島県三春地方で、土産物として作られていた郷土人形である。江戸時代に、藩主が江戸から人形師を集団移住させて作らせたのが始まりといわれている。木型に和紙を貼り、真ん中で切って中の型を取り出し、外側を再び貼り合わせる、張り子の技法で作られている。同じ型から様々なバリエーションをもった人形が生まれるのは、「取り組み」という人形の持ち物(花枝や笠、道具など)をあとから自由に貼り付けていくからで、それによって物語の主人公から歴史上の偉人、市井の人々など実に豊かな世界が繰り広げられる。淡い彩色と、とぼけたような表情、足元に柳の端切れをつけて台としている。飄々とした軽やかさが魅力である。
名称

草露

(そうろ)

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作者
堀柳女(ほりりゅうじょ)
生没年
1897~1984
国
日本
時代
昭和29年(1954)
形質
木彫桐塑胡粉布紙貼
員数
1躯
法量
高 30.0 cm
解説
堀柳女は千葉県佐倉生まれ。初め絵画を学んだが、30歳で人形作りを始め、竹久夢二の主催する人形創作グループ「どんたく社」に参加した。甲戌会や童宝美術院などに参加、昭和初期の、人形を芸術にまで高めようという人形芸術運動の中心的存在として活躍した。女性人形作家の草分けでもある。昭和30年、重要無形文化財「衣装人形」保持者に第一次認定される。その作品は木彫に桐塑によるモデリングと、自ら収集または染め織った布を使って着せ付けている。この作品も木彫桐塑に胡粉を塗り、裂と紙とを貼りこんでいく木目込みの方法で作られている。清楚な女性の姿で、柳女の他の作品の堂々と力強い女性をモデルとした人形とは雰囲気を異にする。平成18年、與那原冨美子氏より寄贈。
名称

夕餉時

(ゆうげどき))

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作者
野口園生(のぐちそのお)
生没年
1907~1966
国
日本
時代
昭和42年(1967)
形質
木芯桐塑胡粉布紙貼
員数
1躯
法量
高 15.0 cm
解説
野口園生は東京生まれ。30歳の時、堀柳女の人形塾に参加、ウィットにとんだ独特の人形を作り続けた。のちに人形塾「蒼園会」を主催、後進の育成にも力を入れた。昭和61年重要無形文化財「衣装人形」保持者。この人形は、園生独特の造形であるおにぎり形の頭部におちょぼ口、むずかる子どもの手を引く母親の優しい情愛を、ユーモラスに表現している。園生は市井の人々を見ているのが好きだったといい、その鋭い観察眼から、人々の心の在り様を的確に捉え造形化した。